SOL Y SOMBRA (イビサ)
僕がスペインに来てからの昼飯は、Bar(バル)に行ってボカディジョ(フランスパンで作るサンドイッチ)とBeer(セルベッサ)というパタ−ンに定着してきている。こちらの人達は割と昼にボリュ−ムをつけてフルコ−スを食べるらしいのだが、お金を節約する意味でも、このボカディジョ,セルベッサ定食は僕にとっては正解だと思っている。数あるボカディジョの中でも、僕はチョリソの焼いた奴(フリット)を挟んだのが好きで、Barへ行くと必ずボカディジョチョリソフリットはあるかと聞く。マドリッドでは大体作ってくれて、親指の二倍くらいの太さのチョリソ(長さはBarによってマチマチで平均すると6〜7cm)の油がジルジル出てパンに染みた奴を出してくれるのだが、そのチョリソの数が4本であることが多かった。それがアランフェスへ行ってお土産屋の並びのBarで出てきたボカディジョは、何と6本もアツアツのジュルジュルが入っていて、僕は思わず涙がチョチョリソウになったのだけど、これがバレンシアに来ると多くて3本で、2本であることの方が多かったので、一体どうしたのだとボカディジョを噛み切りながら一人憤慨したりしたものだ。値段的には一個200〜275pts(300円前後)というところで、Beerを一杯飲んで350〜400ptsだから、外で食べたということを考えるとかなりの安上がりと思える。それがイビサに渡るとチョリソのボカディジョはあるけど、フリットものは無いのだった。どうなるかというと、もっと太いチョリソのスライスを並べて作るのだが、やはりアツアツのジュルジュルが無いと、今一つ味に迫力が欠けることを一度試して知っているので、イビサではもっぱらトルティ−ヤのボカディジョということになった。トルティ−ヤとはオムレツのことで、スペイン風のオムレツは中にじゃが芋をいれて作った奴で、あらかじめデッカク作ったトルティ−ヤコンパタタスが店にあれば、それを切ってボカディジョを作ってくれるのだが、作って ないBarの方がイビサでは圧倒的に多く、トルティ−ヤフランセサ(プレインオムレツ)でのボカディジョになるのだ。それもトーストしたパンにオリ−ブ油をたっぷり垂らし、トマトのヌルヌルをこすり付けた後、焼き立てのトルティ−ヤを挟んで出来上がり、と少々手の込んだボカディジョになるのだった。ボカディジョに使うフランスパン(スペインでは何パンと言ってるのか分らんけど)は、手のひらから少しはみ出る位の大きさだから、量的にも結構あるはずなのだが、やはり中がプレインのオムレツとなると少し物足りず、店を変えてスパゲッティを食べてしまった空腹の夜もあったっけ。イビサは観光客相手の割と気取った店が多く、おのずと値段も張ってくるだけに、レストランで食事というのは出来るだけ避け、土地の人相手にしてるようなひなびたBarをひたすら探してウロウロする毎日になってしまったのだけど、このひなびたBarもやはりもう少しスペイン語が何とか形になってこないと、食事もままならないことになるわけで、マドリッドやバレンシアではカウンタ−に様々な料理をトレ−に入れて並べてあるところが多いので、それらを一通り眺めて良さそうなのを指差してコレ何?と聞くと、色々と説明してくれるのだがさっぱり何が何だか分からないことが多いのだけど、取りあえず一皿くれと言って頼めばそれが出てくるわけで、それも店の人はメサ(テ−ブル)で食べろと誘うのだが、頑なにウンニャカウンタ−で食べると言い張って、と言うのもテ−ブルに付くと値段が上がるとガイドブックにはあって(例えばコ−ヒ−がカウンタ−よりテ−ブルが30pts高く、テラスで飲むとさらに30pts高くなるという料金表を表に出しているBarを見たことがあるが、僕が行くような普通のBarならテ−ブルでもカウンタ−でも変わらないみたいだ)同じ物を食べるのに安いに越したことはないのでカウンタ−にへばり付くのだ。と何はともあれ食い物にあり付けるわけで、それがイビサのBarときた日にゃカウンタ−に並べてある料理など無く(一軒だけ見付けたときにゃ跳び上がって喜んでしまったのだけど)表に出ているメニュ−と言えばボカディジョとプラトスコンビナドス(所謂定食)位のもので、このプラトスコンビナドスも曲者で、写真付きのメニュ−では肉もかなり分厚くボリュ−ムたっぷりで、値段も700〜800ptsというところで、Beerと食後のコ−ヒ−を飲んで1000pts位で納まるか少し出るかで済みそうなのだけど、実際出てくる肉はちょっとそれはあんまりだよと言いたくなるような薄さであり、僕はこれをトレドの二軒のBarで試したのだけど二軒とも似たり寄ったりで、あまりの酷さにもう金輪際プラトスコンビナドスは頼まんぞと心に誓ったのだ。そのプラトを食べた後、店を変えてボカディジョを食べる羽目になったのだから、予算的にも高く付いてしまったのだ。そしてそのトレドでの5日間の滞在中に10軒以上のBarを回ったのだけど、一軒だけカウンタ−の中で大きな鍋で何か煮詰まっているという心踊る風景のBarがあって、二つの大きな鍋の一つは恐らく牛の肉のチリソ−ス煮らしきもので、もう一つはイカスミ煮ではなかろうか、とにかく黒く煮込まれてるのと赤く煮込まれてる鍋が、二つ並んで湯気を上げている風景というものは、本当に生きてて良かったと、チョット大袈裟だけど、思ってしまうほどの感動を与えてくれるのに十分過ぎるほどだった。カウンタ−の青年がやはりコッチは何でアッチが何と説明してくれたのだけど、チリと言うのが分かったくらいでとにかく一皿くれと頼み、その肉の柔らかさとチリのチョットピリリとしたソ−スが見事な味を出していて、一緒に出てくるパンで皿がピカピカになる程撫でてしまったのだけど、次の日もそのもう一つのイカ鍋を試しにそのBarへ行き、同じように皿をきれいに拭いてしまったのは言うまでもない。しかしイビサのBarではこれが無い。いや確かに小奇麗な少しお高くとまったBarへ行けばあるのだろうけど、外に出してあるメニュ−を見てもほとんど僕の二食分くらいの値段で一皿だったりするし、パエジャという御飯の料理もイビサで食べたかったのだけど、二人分からしか作らないところばかりで、しかも値段が2000ptsもしたりするものだから、いくら腹が減ってて二人分食えたとしても、とても払いきれる額ではないのだ。おのずと裏通りのひなびたBarへ行かざるを得ないのだが、食べ物といえばボカディジョ位のもので、昼も夜もボカディジョトルティ−ヤを店を替えて食べ歩き続けたものだから、ほとんどもうボカディジョトルティ−ヤのオ−ソリティにでもなってしまった気分だった。

僕がイビサで泊まった宿もちょっと酷いところで、というのも船が朝早く着いたものだから、取りあえずどの辺に安そうな宿があるか探索でもしてみようと、荷物を担いで街をウロウロしたのだけどあまり宿が見当たらず、と言っても港から見えるところにオスタルエスパ−ニャという看板があるのは気付いていたのだけど、建物も汚くてなんか見るからに潰れる寸前という感じだったので、そこだけは避けて探してたわけだ。11時頃一軒見付けて、まだ早いだろうなとは思ったのだけど、荷物が肩に食い込むのでベルを鳴らしたのだった。一回鳴らし暫く待っても応答がないので、も一度鳴らし、これまた音沙汰がないので居ないのかなぁと思いつつ、も一度鳴らして、出てこないので諦めて階段を降り始めたら、ガチャッと扉が開いて寝巻姿のオバチャンが出てきて、僕が部屋ある?と聞くと、一人?と言うのでシと答えると、「うちは一人部屋はないのよ」とまだ寝足りないといった感じで(だけどもうすぐ昼だぜ)(ま人のことはあまり言えない自分ではあるけれども)言うのだった。再びウロウロ探して、あの崩壊寸前のオスタルの隣に、チョット小綺麗なオテルがあったので入って聞いてみると、「チェックインは3時半から、その時間にならなきゃ部屋があるかどうか分からん」と言ったのだと思うけど(イヤ実際イビサもマヨルカもドイツやフランスからのバカンス客が一杯来てて、そういう人達相手のオテルやBarが多いのだ)突き放すような喋り方だったので、その時間になったって来やせんよと思いつつそこを出たのだが、どうも残るは隣のボロオスタルしか無い雰囲気となってしまって、そこの階段を上ったのだった。人の良さそうな老夫婦が応対してくれて、「部屋が見たい?じゃ荷物ここに置いて一緒に行きましょ」とオジサンが案内して見せてくれた部屋は、見た目はあくまで見た目はさほど悪くなく、あぁこれだったらイイかなと思い、トイレを次に見せてもらったのだが、バスタブは赤く錆びており、オジサン曰くここはお湯が出ないけど下にもう一つシャワ−があって、そこはお湯が出るというので、なるほど皆下のを使うからここのは使ってなくて錆びたのだなと思い、ここに泊まることにしたのだけど、一泊1200ptsはチョット高いんではないかいなとその時も思ったのだが、後で切実に思うようになったのだ。荷物を部屋に運んで、船ではあまり寝れなかったのでBedに横になると、尻のところだけ妙に落ち込むスプリングのBedで、アリャリャと思いベッドカバ−を捲ると、何と毛布がコ−ヒ−の豆かなんかを入れるデッカイ麻袋を開いたような奴で、さらに洗面台の蛇口は緑色に錆びており、当然お湯は出ず水だけなのだけど石鹸の泡はまるで立たない水であり、部屋の電気はBedの頭のところにある裸電球一個だけ。そしてお湯が出ると言っていた階下のシャワ−は出るには出るが、タンクに入っている分しかないので3分もしない内に水になってしまうし、これまた泡は立たないときているのだ。一度ボカディジョトルティ−ヤにも少々飽きてしまった夜、ここの宿にもレストランというか食堂というか一応あるので、と言ってもあの夫婦のオバサンが作ってオジサンが運んでくるだけなのだが、三皿のコ−スで飲み物は何にするかと言うので赤ワインを頼んだのだ。グラス一杯でくれると思ってたら一瓶来ちゃって、これがマズイワインで(もちろん試飲なんかありません恐らくこれしかないのだもの)一杯飲んで止めてしまったのだ。料理はまずコ−ンス−プが出て次にグリ−ンピ−スと芋のスチ−ムした奴、そしてメインに肉を期待したのだけど、出てきたのはトルティ−ヤで、結局トルティ−ヤから逃れることは出来ないのかと観念したのだった。(もちろん選べるメニュ−があればイイのだけどその日の定食しかないわけだ)料理が750ptsでワインが250ptsで合計1000pts。オジサンはこの次の食事の時までこのワインを取っておくからと言ってくれたのだが、僕は顔で笑ってシシと答えつつ内心ノ−グラシアスと答えていた。

結局次の日ス−パ−へ行って、パンとチ−ズとサラミとワインを買って来て、部屋で食べ始めたのだった。ワインも350ptsだったけどリオハのワインでこれはオイシかった。そして朝と夜は部屋で食べて、昼あるいは時々夜も外で食べるというパタ−ンで5泊、そのオスタルに泊まってしまったのだ。僕の泊まっていた階には他に6部屋あるみたいなのだけど、どうも他の部屋に誰かが泊まっている雰囲気はその5日間の間全く無く、階下は恐らくツインとかだろうと思うのだが、そっちには何組か泊まっているのだけどシングルの部屋の階には僕だけと、ま考え方を変えりゃ静かでイイのだけど、なんとも不気味な夜は更けてゆき、尻の沈むBedで麻袋にくるまり、形の歪な枕に頭を埋めて、それでもしっかり寝てしまえる自分に少し感心してしまったのだった。

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